過ぎていった時

決して長い時ではなかった。

20数年、というのは、結婚生活では短いと思う。

 

彼の死は、私を切り裂いた。

鎧のように閉じた心を砕き、意外だったことには愛情が噴出した。

 

なにもかも終わったのだ。

彼はもう私を傷つけたりしないし、どこにも行かない。

 

私の中に、愛おしいまま、居る。

 

だから愛おしいのか、感情は身勝手であてにならない。

それでも、私たちが出会い、共に生きたことは事実だ。

私が彼に惑わされたことも事実なのだ。

 

彼らしい死であった。

桜が散り、落ちた花びらが雨に濡れて紅く染まるような死。

 

楽しく、また狂おしいような、若い日々が思い出される。

旅好きな私に応じ、行きたいところはいつも連れて行ってくれた。

それでも独り、山へ出かける私を寂しそうに見送っていたね。

 

善人なのか悪人なのか、優しいのか冷たいのか、今でもよくわからない人だな。

 

溢れる才能に苦しまされていたのかもしれないな。

最後の仕事は見事だったよ。素晴らしかった。

貴方はまさか、それを、私と子供が仕上げるとは、思わなかったでしょう。

 

長く、感情の行き違いの時期がありましたね。

男女のまま、結婚生活を続けるのは矛盾も多く、私はそれを整理できませんでした。

 

最期、貴方は私のことを少しは思ってくれたかな。

子供のことかな。

あるいは両親のこと?……わからないよね。

 

貴方が紅く染まって逝ったように、私の心も溢れ出した愛情に紅く、それは本当に血のように、私の全てを染めてしまいました。

 

貴方が去って迎えた春、歩き慣れた家の前の桜並木、今年も変わらず桜は精一杯に咲きました。

毎年のことです。

だけど一つだけ、気が付いたことがあるの。

果てがなく、見えるんだよ、夜に歩いているとね。

ああ、どこまでも続く花明かりの、桜の道だなって。思うの。

でも突然それは途切れるんだよ。

まだ、奥に続いているのに、一度、途切れちゃう。

夢から覚めて、呆然と空を見上げる。花はないの。

無いんだよ、無いの。

 

さくらみち

浮かれてときを

忘れ行く

空にさらされ

果てをしるなり

 

今はまだ、次に続く道に踏み出すことができないの。